2010年4月26日月曜日

三つ峠への信仰を寄せた人々

幕末の絵図において『水雲山』とされる三つ峠の峰。
それにしても、大幡の信者の多いことに驚く。
空胎上人とその弟子によって、大幡の住民はこの三つ峠南面の岩を目指すようになったのだろうか?
大幡においては三つ峠は水の発する山であり、日の沈む山でもある。
西峰の屏風岩下までにおよぶ大幡信者の奉納をみると三つ峠全体を『水雲山』と考えていたと思われる。空胎上人らの活動から、入道沢-湯の沢-仏の沢から山祇神社-達磨石のルートが可能性が高い。
湯の沢-東尾根-八十八大師への近道とするのは、信仰の省略となり考えにくい。大幡と西桂の住民において三つ峠は特別な山であったのである。
『木無山』への信仰は、今のところ見つかっていない。
『御巣鷹山』へは、西桂住民の信仰は及んでいないと思われる。

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