2007年12月7日金曜日

200年前、星野氏の石燈篭のこと

星野氏の石燈篭に刻まれている文字は、

『花﨑驛星野廣安獻石燈 一對格小沼諏訪祠』
『文化六年己巳七月』

とあります。
1809年のことですから、200年位前のこと。
不思議なことにこの石燈篭、
この町では石造物調査で紹介されたことがないのです。
ですから、何が刻まれているか知られていません。
では、どうして花咲村の方がこの地の神社に奉納したのか。
それは、そこに刻まれています。
大月市の方、西桂にいらっしゃることがありましたら、
ぜひ、ご覧になってみてください。

2007年12月6日木曜日

今、ここにいます

今日は、個別懇談の日です。
小学校にいます。
ここは、図書室です。
まだ予定の時間になっていないので
しばらくここにいることにします。

西桂と大月とのつながり

西桂町から甲州街道に向かう道がありました。
三つ峠の山塊をうまくまいて湯ノ沢から
都留市大幡に抜ける道です。
大幡から大月市初狩へは、現在では車も通れます。
いとも簡単に甲州街道に出られたのです。



西桂町本町には花咲村星野家当主寄贈の石灯篭があります。
きっと、このルートを歩いたに違いありません。

道。
山に入ると歩きやすいところがあります。
足元は歩きやすいのに、その上にはヤブ。
どうやら彼らも歩きやすい所を歩いているらしい。
道。
道があるから歩くのでなく、
歩いた所が道になりました。
伊能忠敬の測量隊も明見、小沼、十日市場を
歩きやすい所を歩いています。
道。
いろんな道がありました。
昔の人たちは、最短コースを歩いています。



拡大地図を表示

2007年12月5日水曜日

空気は、うまいのか?

『空気』というのは、おいしいのでしょうか?
一度だけ、一度だけうまいと思ったことがあります。
都会に住んでいたころ、奥多摩を歩いたことがありました。
二日をかけて歩きました。
どこの場所であったかは、忘れてしまいました。
『空気がうまい!』 その時は、そう思ったのです。

しかし、その後そう感じたことはありません。
三つ峠を何度も歩きましたが、
『いい風だな』と感じたことはあります。
『空気が違う』と感じたことはあります。
しかし、空気がうまいと思いませんでした。

もっと、空気が澄んでいると思われるところを
訪れたことがあっても、そう感じたことはありません。

尾根を間違えて下ってしまいました。
ヤブを抜けてやっと元の位置に戻りました。
その時です。
『空気がうまい!』
あの時、私は口をパクパクさせていました。
空気を食べているという感じでした。
たった一人の行動でした。
たった一度だけの経験です。

今では、遠い遠い思い出です。

2007年12月4日火曜日

磁石が狂わない『聖地』西桂を探検しています


はがきを頂いた。 以前、図書館に持っていったものが
資料としていただいたとのこと。
当初、『聖地』などという名称を付けていなかった。
『方位磁石が狂う!』、『喘息が治る!』などと
根拠のない説を安易に認めるような行動に納得できなかったので、
急遽、『聖地』を追加することにしたのである。

ちょうど一年前のことであった。 
判ってもらおうと思ったのが、結局無理であった。
何もできないことが判った。 
何もできないけれど、何かをしたかった。
『聖地』を追加して、図書館に差し出した。

これで、自分が出来ることはした。
いい加減で、デタラメなことも書いてある。
でも、決して方位磁石は狂うことなないし、
喘息が治ってしまうかは判らない。
それを伝えたかった。

西桂町地内に於いて『方位磁石が顕著に狂う場所』など
確認できるところはないのである。

2007年11月28日水曜日

数見山の三階滝あたり





この滝が三階滝かどうかは

確認をとっていない。

数見川の本流のほうに滝があり

そちらが三階滝なのだろうか?

こちらの方は支流となる。 南向きで日当たりがよく、きれいに流れている。

この滝の上流は、数見の山ノ神のあたりになるのではないのだろうか?

一階滝の岩質にも、興味があった。 大竹の石切場は、まだ訪れていないが、

一階滝なら簡単に到達できる。 ここには、石切の跡があるのだろうか?

2007年11月27日火曜日

三つ峠、上暮地から眺めて

三つ峠が三つ峠の形であるのは、

下暮地登山道からの眺めでしかない。

上暮地側から三つ峠を眺めても

もう見栄えが変わってしまう。

手前の山は方位磁石が狂うことのない

『金峰山(きんぼうやま)』。

ちょうど金峰山の頂上の向こう側が

だるま石のあるところ。

中央から真上延びる尾根が登山道である。

左に延びる稜線は、東の尾根。 大ダルの弧が美しい。 東沢をはさみ右側から上に伸びる尾根。

この尾根の頂上を『大久保山』とする登山地図がある。 前に述べたが、そこをそう呼ぶことを

地元住民は全く知らない。 東沢と俵石の頂上だけなのである。 

山に登ると、登った山が見えない。 山を見るには、山に登らないことになる。

やはり、三つ峠を見るには山祗神社から歩く必要がある。

なぜあの場所にだるま石があるかと思うと、やはりあの場所である必要があるという気がする。

三つ峠は、その姿が美しいのだと思う。

今不思議に思うのは八十八大師の奉納者が大幡方面の方なのだが、

彼らは東の尾根を歩いたのだろうかという疑問。

下暮地と大幡は、仏の沢、湯ノ沢を通じてつながっていた。 

だるま石を通過する必要がある気もする。

Posted by Picasa