大幡の人々が三ツ峠を水雲山と呼んでいた。
それは空胎上人が訪れるずっと前から。
水雲山三峠大権現とあるように、三ツ峠が信仰の対象であったのである。
尾根に社があることから、御巣鷹山を対象としている方がおられるかもしれない。
大幡村絵図に水雲山とあることから社のある場所を水雲山と考えれる方もいるかもしれない。
しかし、社の向きを見ていただきたい。
方向は明らかに三ツ峠の方角を向いていたはずだ。
さらに三峠大権現とあるように三ツ峠の信仰なのである。
神鈴峰の絵図には水雲山の名がある。
三ツ峠の三つの岩峰の一つが水雲山なのであろうか。
否、三峰が水雲山と考えるのが自然ではなかろうか。
御巣鷹山、木無山ではないことを注記しておく。
高い山だけでは信仰は発生しない。そこには岩が必要なのだ。
大幡の住人、下暮地の住人から三ツ峠への信仰は生まれるのは極めて自然である。
この地区の人々の三ツ峠の信仰の祭りが毎年5月に今尚続けられている。
三ツ峠の石造物は彼らの先祖が奉納したものである。
それらを強く思う人々は、今では体力的にそこに行くことはできない年代となっている。
その思いを無視する行動は避けたい。
我が行動の中にそれに反するものを感じられた場合には、
直ちに連絡をいただきたい。
0 件のコメント:
コメントを投稿