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2007年9月8日土曜日

里の祭り


小沼上町大神宮の祭り。
この地区から見れば、三つ峠山と倉見山しかない。
三つ峠を意識していないはずはない。
この隣にある上手宮浅間神社境内には、
空胎上人の水修行の場がある。
大神宮だって、
三つ峠を意識してないはずはない。

と思うのですが…。

2007年9月7日金曜日

台風が通り過ぎました

台風が通り過ぎました。
急勾配の山に囲まれています。
『北斗七星』に恐れを抱いていたのでしょうか?

水に対して、どんなふうに感じていたのでしょう?

2007年9月6日木曜日

北斗七星の信仰の三つ峠

三つ峠に『北斗七星』が沈む季節になりました。
そして、雨、雨、雨。
台風もやって来ます。

三つ峠の沢に水があふれます。
『柄杓流』の川も氾濫してしまいます。

祖先たちは、これらをどのように感じていたのでしょう?

『三つ峠』と『北斗七星』と『柄杓流川』。
これらに、何らかの関係があるはずです。

2007年9月2日日曜日

三つ峠山と荼吉尼天(だきにてん)

『荼吉尼天(だきにてん)曼荼羅』というものがある。
荼吉尼天の上方にに『北斗七星』が描かれている。

こんなふうに、『三つ峠』と『北斗七星』を見ていたのであろうか?

2007年8月28日火曜日

お盆の月


今日は、十五夜です。
満月の日は、お祭りです。 15日にお祭り。

そして、お盆の日でもありました。
満月の日に限って、不思議な現象が起こることがあります。
月食です。 月の形が見る見るうちに変わっていきます。

お祭りの夜に限って、起こる現象。
お盆の夜に限って、起こる現象。
いつものことではない、不思議な現象。

祖先たちは、これをどのように感じていたのでしょう?

雲の合間から、ちょっぴり見えた月食でした。

2007年8月22日水曜日

上弦の月


昨日の上弦の月です。
旧暦7月15日は、お盆です。
夜は満月。
旧暦8月15日が、中秋の名月。

月と信仰には、深い関係があります。
三つ峠は、信仰の山。
何かが見えてきます。

2007年8月19日日曜日

三つ峠の『七夕』





8月19日、今日は旧暦の7月7日。 七夕です。
七夕には、『七夕の月』が出ます。
天気が良くありません。 三つ峠には重い雲があります。
暗くなればなるほど、空は雲に覆われていきました。
どうにか雲が薄くなった頃、七日の月を眺めてみました。

七日の月は、船の形。
この船に乗って、ご先祖様たちが西方浄土へと旅立つのだそうです。
三つ峠の絵図、『甲斐神鈴峰乃図』に『御船石』が描かれています。

今日は、七夕でした。
七日の月を、ご覧になりましたか?

『御船石』は、現在ありません。
関東大震災で、崩落したと言われています。

2007年8月14日火曜日

the Big Dipper


There are three peaks in Mt.Mitsutoge.
A long time ago, it was reading with 'mizutoge'.
'mitsu': It is a meaning of 'three'.
'mizu' : It is a meaning of 'water'.
This mountain had faith of water.
There was faith of the Big Dipper.
The river is flowing from this mountain.
The name of a river is called 'hisyakunagare'.
It is a meaning of the Big Dipper.

2007年8月13日月曜日

七つの星が沈む。三つ峠。


この季節になると、三つ峠の上には七つの星。
柄杓の形の星が三つ峠に沈んでいく。

柄杓流の川の命名も、このころに付けられたに違いない。
たぶん、きっと。

2007年8月7日火曜日

『ひしゃくながし』の川、『しゃくながれ』川



中央道の下で桂川に合流する『柄杓流川』。
この川の呼び方は、『ひしゃく』であるのか『しゃく』と「ひ」を取るのが正しいのか?

江戸期の村絵図では、「ひしゃくながし」と「ひ」が入れてある。
明治期の川の説明では、「釈迦流」のような説明があり、「ひ」を抜かしているようだ。

北辰妙見の信仰、北斗七星の川であることを考えれば、『ひしゃく』でなければならない。
漢字を『柄杓』としながら「ひ」をいれずに『しゃく』と呼ぶ不思議。
『ひしゃく』から『しゃく』と「ひ」が取れれしまったのに、『柄杓』と書き続けた不思議。

『ひしゃく』と『しゃく』、どちらが正しいかと言えば、 どちらも正しいのである。

2007年7月7日土曜日

やはり、南北方向には意図があった!(北極星信仰)

『北辰妙見菩薩』が祀られていることは、古文書にある。
八十八体の弘法大師、これらが南北方向を向いていた。
『北極星』を目印に方向を定めたに違いない。

『弘法大師』と『北斗七星』これも重要な関係だ。
ここが『水』の山で、'『水雲山』。
大日如来のアークの『だるま石』。
『柄杓流川』は、妙見信仰によってつけられたはずだ。

『昔、昔、河口湖かられ、柄杓が流れ出てきた...』という
古文書にある伝説。
もう、その頃には、その意味が忘れ去られてしまっていた。

『三都峠』も『みづとうげ』と読んでいたに違いない。
そうすると、
なぜ、『三ッ峠(みつとうげ)』と『つ』にする必要があったのだろうか?

2007年6月6日水曜日

『六字名号塔』の謎


ダルマ石のあるところに六字名号塔(南無阿弥陀仏)が建っています。
ダルマ石のほうは、登山道尾根を向いているのに名号塔は、別の方角をむいていす。
名号塔は、南北方向を向いているのです。 われわれがこれを拝む方向は北。
やはり、北極星を意識しています。 
 三峠から流れ出る『柄杓流川』は、やっぱり『北斗七星』を意識して命名されたに
違いありません。 

2007年6月4日月曜日

『柄杓流川』のひみつ



『しゃくながれがわ』って読むんですが、江戸期の絵図には『ヒシャクナガレ』って書いてあるものもあります。

伝説によれば、河口湖に柄杓を流してしまった。その柄杓が三峠を通り抜け下暮地村に流れ出てきたというのです。 そこで、この川を『柄杓流川』というのだそうです。

 しかし、こんなことはありえません。 私は思うのです。 三峠の東峠には『北辰妙見菩薩』が祀られていることが古文書にあります。 それは、北極星、『北斗七星』のことだそうです。

 とすれば、神(または仏)様が天の柄杓(北斗七星)で河口湖の水を汲む。 その水を三峠に注ぐ。 その水が川になる。 その川の名を『柄杓流川』。

 三峠は『みづとうげ』。 水峠ともいう。 山頂直下の岩場から、年中水がしみ出ている。 古代の人たちが天の柄杓を見て、想像したに違いない。

 この川をしばらく下ると、『天の瀧』の水と合流する。


『柄杓流川』。  三峠を源流とする、不思議な名の川です。

2007年5月31日木曜日

八十八大師の謎2

八十八大師は、ほぼ真南を向いている。
これを決めるのに、昼間、太陽で行うことは難しいのではないだろうか?
ところが、夜、北極星を基準にすれば容易いだ。

そもそも、『北辰妙見菩薩』が三峠に祀られていることが
古文書にある。
とすれば、北極星を意識していたわけだから
その方角で、八十八大師の位置を決めたのではないだろうか?

そんな気がするのです。

2007年5月28日月曜日

八十八大師の謎


三峠山中の目度内というところに、八十八大師がまつられています。
かつてめは八十八体のありましたが、明治の神仏分離令以降、三峠の信仰は途絶えるとともに何体かは紛失してしまいました。 八十八体供養塔は倒れています。
 このお大師様たちなのですが、真南を向いているのです。 当時の人々は、方位磁石を利用したのでしょうか? 

2007年5月27日日曜日

『柄杓流川』の源流は『三峠』

『柄杓流川』の水は、三峠から流れ出しています。
昔、河口湖から柄杓が流れ、三峠を抜け出したという伝説があります。
しかし、これは伝説。

三峠のうち、東峠、を『水雲山』と呼んでいたようです。
そこには、『北辰妙見菩薩』が祀られていると古文書にあります。

『北辰妙見』とは、『北斗七星』をいうらしいのです。
とすれば、
『天の柄杓』で『河口湖』の水を汲む。
その水の流れる川が『柄杓流川』であると考えるのは自然であると思うのです。

『水雲山』。 都留市大幡方面にこれを祀った社が存在します。
三峠を祀った社であると思われます。

『三峠』は、『みづとうげ』と発音していた。
『水峠』と書かれることもあった。
『水雲山』とも呼ばれた。

三峠には、水に関わる信仰がありました。

ロッククライミングの行われている屏風岩には、
『清龍不動尊』が祀られていたといわれています。

クライマーの方たちが踏み台にしている岩の一つに
かすかな文字が残っています。

夢の跡。 時の流れとは、このこと。
無理に知る必要はありません。
元は、ただの石。
自然にかえっていくだけのことなのですから。