だるま石にある解説板によれば、
だるま石が『御丈岩』であるという。
だるま石の下に七畳の岩があったという。
『ごじょう』の岩であるのだから、
『五畳』の広さではないのだろうか?
絵図からみると、元山神より奥に描かれているように見える。
とすると、やはり山頂が見える位置、
すなわち、現在の堰堤付近にあったのかもしれない。
『割石社』が手前にあるのも不思議だ。
石割権現社は、馬返しより上の岩の裂け目にあるのに。
御丈岩が移動されたとすると、 この絵図より後のこと? 空胎上人一門によって?
現在に位置に運ばれた後、大日如来を表す『アーク』の梵字が彫られた。
麓にある胎蔵界、山頂にある金剛界。
これらが対になっている大日如来の山。 これが三つ峠だ!
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