2010年9月12日日曜日

三つ峠の里

蛍水祭、体育の部。
西桂中学の体育祭。
飛び交え、若人たち。

下暮地区では、子供の神輿。
9月の里は、にぎやかな声。

ここは西桂、三つ峠の里。
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三つ峠、秋

三つ峠駅で再会。 山に登るのかと問われる。
土曜も日曜も里での行事へ。

秋、秋祭り。
里では子供の神輿。

秋、運動会。
里では中学校も小学校も運動会。

当分山には入れません。
里でも当分、水分補給の必要な日々。

日が暮れると、この山の上に柄杓が現れることを
何人の方が気づいておられるか。
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2010年9月10日金曜日

三つ峠のパズル

だるま石からの登り始め。
最初の難所。
ヨイショとロープを手繰り寄せ、越えていたところ。
今では、そんなところもあったのかと通り過ぎてしまう。
三つ峠の登山道が整備されている。

先週の金曜日の登山は大変でした。
やはり三つ峠はこの登山道に限る。
ここを登らねば三つ峠の面白さは味わえぬ。

麓に戻ったのはすっかり暗く、
三つ峠の上に北斗七星が輝いていた。

やっぱり三つ峠は水峠ですね。
問題はそれを考えたのはいつなのか?
そして、それを信じた人々の地域はどこまでの範囲なのか?

三つ峠は不思議。 パズル。 少しずつ、謎を解いていこうではないか。
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2010年9月7日火曜日

私は何も知らない、三つ峠のこと

三つ峠とは何なんだ。私にとって。
質問されも、答えられない。
近くにあって、ここしかないのだから
選択をしたわけでもない。

三つ峠の
南は、猫のお札。
北は、犬のお札。
どちらも狼のお札ではない。
どうして猫で、
どうして犬なのか。

富士山を眺めるのに
どうしてここに登るの?
富士山はどこだって見えるのに。
幕末の人々は200体もの石造物をどうしてここに運んだの?

どうして三つ峠でなければならないのか。
不思議なお山の三つ峠。

今でも人々は三つ峠を目指す。
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2010年9月5日日曜日

点か面か、柄杓と三つ峠

30度の位置。
真北から東、西。
河口湖筒口神社から東の位置。
西桂から西の位置。
点でみれば、ここにしか与えられない。

富士吉田月光寺からではどうか。
神主の杓が流れ出る池。
三つ峠は真北に近い位置となる。
筒口神社も月光寺も、三つ峠そのものは見えない。
しかし、水の山三つ峠は意識しておかしくない。

筒口神社、西桂、月光寺、
そして北口浅間神社にしても
北辰妙見が祀られていたとされる三つ峠は北に位置する岩の山。

柄杓流は、北斗七星であると考えてもよいではないか。
足元ではなく天空に注目したい。
皆様は、どうお考えか?

それにしても三つ峠の麓、西桂も暑い。
三つ峠の水は尽きることはないのか。

この季節、西桂では夕暮れに三つ峠に北斗七星が沈む。
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2010年9月3日金曜日

9月3日の三つ峠、登ります

今朝、6時前の三つ峠の姿。
今日、この山に登る。
登山道は右の尾根。
尾根をほぼ登りきると、西側(左)への横道。
屏風岩へと進む。

幕末、この横道に200体もの石仏が設置された。
明治、このことが忘れ去られる。
昭和、これらのことが解明されていく。
今、もう一度確認してみたい。

一時期の一瞬の風。
人々は何故、この山を目指したのか。
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2010年8月31日火曜日

三つ峠である必要とは

8月が終わる。

幕末、なぜ三つ峠なのか? との問いがあった。
幕末以前、なぜ三つ峠なのか?
明治に三つ峠はあったのか?
現在、三つ峠にどうして登るのか?

三つ峠でなければならない理由は何か?

表登山道を歩く。楽ではない道。
200体もの仏像がこの山に置かれた事実。
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