2007年7月7日土曜日

『延命地蔵』と『十一面観音』


八十八大師を通り過ぎると、いよいよ『親不知』である。
『親不知』の手前に『延命地蔵大菩薩』の碑を知らない方も多い。
自然石に刻まれているし、八十八大師からは横道になっていて
ついつい急いでしまう。 おまけに、その先は『親不知』。
安政六年(1859)、修善和尚が『登山者の安全を祈り...』と
古文書にあるらしい。
 『登山者の安全』とは?
今登っている行為のことなのであろうか?
この先には、『親不知』がある。
その安全を祈って、ということなのであろうか?

安全とは、この先の道だけのことなのではない。
礼拝者が里に帰って後のこと。
実は、このポイントが重要な意味を持つ。
北辰妙見菩薩が祀られていたという西峠(水雲山)。
ともに刻まれている『十一面観音菩薩』。
手前にある、八十八体の『弘法大師』。
『北斗七星』の信仰。

やはり、南北方向には意図があった!(北極星信仰)

『北辰妙見菩薩』が祀られていることは、古文書にある。
八十八体の弘法大師、これらが南北方向を向いていた。
『北極星』を目印に方向を定めたに違いない。

『弘法大師』と『北斗七星』これも重要な関係だ。
ここが『水』の山で、'『水雲山』。
大日如来のアークの『だるま石』。
『柄杓流川』は、妙見信仰によってつけられたはずだ。

『昔、昔、河口湖かられ、柄杓が流れ出てきた...』という
古文書にある伝説。
もう、その頃には、その意味が忘れ去られてしまっていた。

『三都峠』も『みづとうげ』と読んでいたに違いない。
そうすると、
なぜ、『三ッ峠(みつとうげ)』と『つ』にする必要があったのだろうか?

2007年7月5日木曜日

いろいろ紹介しているんですけど...

どうも読まれていませんねえ。
いつものぞいているのは、自分。自分だけ。
先日声をかけた方、なんと、二度目でした。
今までで、二人目でした。
二人の方に、再び会うことができました。

2007年7月3日火曜日

三峠妙具谷の『夫婦岩』とは?



妙具谷』といわれるところ。 絵図で注連縄が張られている岩がある。その岩はたぶん矢印のところの岩に違いない。 その岩の根元に行ってみた。


その根元から岩を見上げる。
大正時代の案内記にある『夫婦岩』と呼ばれる岩ではないかと思う。

2007年7月1日日曜日

『神鈴瀧』とは



『甲斐神鈴峯之図』に『神鈴瀧』が描かれています。
これは、水雲山から下り、あしだケ谷にあります。
かつては、ここを通過する登山ルートが存在しました。
今は、登山道も崩れてしまっています。

だるま石より下方の涼風荘横に、新たに『神鈴の瀧』と呼ぶようにコースが
作られました。これは、看板にも書かれているように、護岸工事によって
川底の岩盤が現れ、それが瀧となっているものです。
絵図の『神鈴瀧』とは異なります。

三峠の水雲山


違う方向から眺めて見ましょう。
左下が神鈴権現。

『あしだがや』から飛び出す『水雲山』


天保時代のものとされる『甲斐神鈴峯之図』。
そこに記されている三峠『水雲山』。
水雲山は不思議なピークです。
『あしだがや』という谷から飛び出しています。
このピークから続く尾根がないのです。

なぜに『水雲山』を祀る神社は、この山の向こう
大幡方面にだけ存在するのでしょうか?

『水雲山』の飛び出している『あしだがや』には
『神鈴瀧』があります。