2010年1月23日土曜日

なぜ、三つ峠を御巣鷹山と木無山との総称としてしまうのか?



どこのパンフレットにも、三つ峠について

御巣鷹山、開運山、木無山の総称などと

書かれているものだと思っていました。

しかし、そんなことは書かれていないのですね。

富士山・富士五湖観光圏整備推進協議会  http:/www.fujigoko-net.jp/

の富士山・富士五湖トレッキングNAVIにおいても

三山の総称などとの解説はないようです。

きっと、三つ峠の山頂まで行ったら

「御巣鷹山、木無山まで足をのばしてみたら」

というような発想から生まれてきたのではないでしょうか?

山頂を制覇するのを目的とする考えが生まれてきてから。

もともと、三山の総称などとも言っていないのかもしれません。 我々が勝手に想像している虚像。

2010年1月22日金曜日

救い

あれこれ書いてきての悩みは、

このブログを訪れる方に不愉快を与えているのではないかとの不安である。

偶然、ブログを見ていただいた方にお会いすることができた。

数少ない訪問者のお一人。 

感謝しています。 元気をいただきました。

三つ峠の山頂に立つことは少なくなりました。

観て楽しい三つ峠の三つの峰であります。

三つ峠は、開運山か?





三つ峠が開運山であることを疑っていた。

その記載が古文書になかったからである。

しかし、三つ峠の信仰からみれば開運山であることは正しい。

では、開運山とは三つ峠の三つの峰のうち現在の山頂の位置であるのか?

本来は、東峰であるのが正しいと思われる。

ただし、三つ峠自身が三つの峰を持つことを認識している場合のことである。

三つ峠を開運山と書いてあるのではなく、

三つ峠を開運山と感じている。 これは、正しい。

『三つ峠登山が10倍楽しくなる』冊子のこと



西桂町が発行する冊子である。

『三つ峠登山が10倍楽しくなる』

『観て 歩いて 感じて楽しむ』

ここには、御巣鷹山、開運山、木無山の総称が

三つ峠であるとは、一言も書かれていないようである。

観て、歩いて、感じた結果であると思う。

2010年1月16日土曜日

せの海と西湖、そして河口湖



甲斐国志における西湖の記述である。

 『せのうみ』と言ったが、今では『せいのうみ』と言うとのこと。

 さらに、『せのうみ』と呼ぶようになったのだと言う。

今では、『さいこ』と呼んでいる。

伊能忠敬の地図では、川口湖を『仙湖』と記している。

『せんのうみ』とは『せのうみ』のことで、

西湖と間違えていたのではないだろうか?

三つ峠を御巣鷹山、開運山、木無山というのは、


何をもってそのように判断したのだろう。

三つのピークに見えないものを、

みっつのピークとする根拠。

三つ峠の姿を見ていただきたい。

三つ峠は、それ自身が三つの峰を持つ。

平面上の地図でなく、実物を見たとき、

三つ峠を勘違いすることはないはずである。

三つ峠の由来。

三つ峠の石造物


幕末に建てられた石造物。

激動の時代に民衆は、何を考えたのか?

三つ峠山は、それ自身が三つの峰を持つ。

御巣鷹山、木無山は含まれない。

人々の目的は、山頂の踏破ではなかった。

以前にとった写真をながめていたら、

一度も調査をされていない石造物であることが判明。
激動の時代の、この地の竜馬伝。
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2010年1月9日土曜日

幕末の三つ峠


川口村絵図の一部である。

三峯(三つ峠)と毛無山(木無山)、御巣鷹山が描かれている。

総称とする見方は、ここにはない。

昭和になっての総称とする三つ峠の見方には、

意図的なものがあったのだろうか?



昨年より、柄杓の意味を考えていた。 考えているうちに、当然のような気がしてきた。

当たり前を証明するには、何を述べればよいのかが解らないでいる。

三つ峠が御巣鷹山と木無山の総称とは言えない。(総称とするのは誤りである)

なぜなら、総称とする記述が何一つ見つからないからである。
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