三つ峠周辺の山、沢の名前。
昭和初期の登山地図。
ところが、地図に記載されている地名を
この地の住民は知らない。
『大久保山』などは、誰もそう呼ばない。
沢の名前は知られるようになった。
いったい『開運山』とは、
いつから誰が呼ぶようになったのだろう。
私は、それを見つけていない。
三つ峠の山を生活の場としてきた方たち。
この方たちの全く知らない世界が、
すでに一般的と思われる時代となっている。
時代の波というものは、昔を浚っていく。
明治への大きな波と、昭和の波。
こうだと言う者が多くなれば、
それがその時代の真実に。
結局真実というものは、
どの時点から見ているのかをはっきりしておかねばならない。
私の場合は、200年前位のことを起点としてみようと思う。
2009年10月2日金曜日
2009年10月1日木曜日
三つ峠の信仰について
三つ峠の信仰は、空胎上人以前と以後で異なる。
元来、三つ峠は真言密教の山としての信仰が存在した。
空胎上人は天台宗の僧であり、以前の信仰を継承しながら
弾誓上人(木喰僧)の教えを持ち込んだのだった。
三つ峠の石造物は、そのほとんどが空胎上人以後のものである。
三つ峠は、富士山を拝むための山ではない。
(そういうものもあったのかもしれないが)
石造物からみると、三つ峠そのものを信仰の対象としていたことがわかる。
元来、三つ峠は真言密教の山としての信仰が存在した。
空胎上人は天台宗の僧であり、以前の信仰を継承しながら
弾誓上人(木喰僧)の教えを持ち込んだのだった。
三つ峠の石造物は、そのほとんどが空胎上人以後のものである。
三つ峠は、富士山を拝むための山ではない。
(そういうものもあったのかもしれないが)
石造物からみると、三つ峠そのものを信仰の対象としていたことがわかる。
2009年9月30日水曜日
三つ峠の掛け軸に北斗七星
北斗七星の描かれた掛け軸が存在していた。空胎上人に関する資料の中にあったのだ。
古文書にある三つ峠の東峠の北辰妙見。
そして、北斗七星の描かれた掛け軸。
これで、三つ峠と北斗七星の関係が明らかになった。
三つ峠から流れ出る『柄杓流川』が、
北斗七星と関係があることは疑いない。
三つ峠はそれ自身が三つの峰を持つことから三峠と呼ばれることが
古文書に記されている。
御巣鷹、開運、木無の総称であるとの古文書は存在しない。
三つ峠駅から眺める三つの峰をそれらであると思われている方が多い。
それは、西峠、本社、東峠の峰。
御巣鷹山、木無山とは別のものである。
開運山とされる頂上は屏風岩の上のことで西峠である。
三角点はそこにある。
開運山の名称も古文書には見当たらない。
北斗七星の掛け軸見つけた。 久しぶりの成果である。
2009年6月12日金曜日
三つ峠へ登りましたか?
やっと、三つ峠も静かになったようです。
でも、やっぱり、
「御巣鷹」、「開運」、「木無」で三つ峠って説明したんだろうか?
三つ峠が単独で三つだってことは、
これで、またも気づかないまま時代を経ていくことになる。
三つ峠が三つで、
「御巣鷹」、「開運」、「木無」ではないことに気づかないまま。
地球の温暖化。 ハイブリッド車、電気自動車、
太陽光発電、風力発電。
各戸での電気の節約。
これで、CO2の削減がどれだけかと計算してくれる。
世の中の夜間中にこうこうとともる電気を節約したら
どれだけの削減になるのかを説明してくれる人はいない。
ほんの少し前の星は綺麗で、北斗七星は三つ峠の上に
もっとくっきりと輝いていたに違いない。
200年前にも、「昔の言い伝えではあるが…」などと書かれて。
1000年の昔の人だったら、気がついていたのであろうか?
ここのところ、ただ眺めるばかり。
でも、やっぱり、
「御巣鷹」、「開運」、「木無」で三つ峠って説明したんだろうか?
三つ峠が単独で三つだってことは、
これで、またも気づかないまま時代を経ていくことになる。
三つ峠が三つで、
「御巣鷹」、「開運」、「木無」ではないことに気づかないまま。
地球の温暖化。 ハイブリッド車、電気自動車、
太陽光発電、風力発電。
各戸での電気の節約。
これで、CO2の削減がどれだけかと計算してくれる。
世の中の夜間中にこうこうとともる電気を節約したら
どれだけの削減になるのかを説明してくれる人はいない。
ほんの少し前の星は綺麗で、北斗七星は三つ峠の上に
もっとくっきりと輝いていたに違いない。
200年前にも、「昔の言い伝えではあるが…」などと書かれて。
1000年の昔の人だったら、気がついていたのであろうか?
ここのところ、ただ眺めるばかり。
2009年5月26日火曜日
三つ峠への目線の変化
なぜ、北斗七星にこだわる必要があるのか?
古文書にある「北辰妙見」の記述。
「柄杓流川」の本当の由来。
古絵図に記されている「水雲山」。なぜ、右側の峰なのか?
三つ峠の三つの峰を三つ峠と呼ばず、
御巣鷹、木無を含むようにした理由な何なのか?
古文書にはない「開運」の由来は、どこからか?
三つ峠を見る目線の変貌。
祖先が眺めていたものと我々が眺めているものは、
いつから変わってしまっただろうか?
古文書にある「北辰妙見」の記述。
「柄杓流川」の本当の由来。
古絵図に記されている「水雲山」。なぜ、右側の峰なのか?
三つ峠の三つの峰を三つ峠と呼ばず、
御巣鷹、木無を含むようにした理由な何なのか?
古文書にはない「開運」の由来は、どこからか?
三つ峠を見る目線の変貌。
祖先が眺めていたものと我々が眺めているものは、
いつから変わってしまっただろうか?
2009年5月1日金曜日
柄杓の星の信仰は、極めて自然

三つ峠グリーンセンターから三つ峠山頂への登山道は
方位角が320度。
山頂への仰角は、20度ほど。
したがって、北斗七星が三つ峠の上に見えるとき
この登山道を歩くと
きれいに三つ峠山頂の真上に位置します。
三つ峠の山頂に柄杓部分が沈んでいきます。
三つ峠と北斗七星の信仰は、極めて自然に発生したはずです。
また、富士山信仰においては、三つ峠は北に位置する目立つ山。 北極星信仰へと進みました。
三つ峠東峰に北辰妙見菩薩が祀られたのは、
極めて自然な発想なのでした。
柄杓流川は、やはり、北斗七星から名づけられたことがわかります。
改めて感動してしまいました。
写真は、憩いの森にて午前2時に撮影しました。 3時には柄杓は三つ峠の山に入ってしまいます。
午前4時には、空は明るくなってしまい柄杓の星も消えてしまいます。
桜公園では、子犬ほどの大きさの狸が5,6匹いました。
ほんの少し前の時代、夜行列車で来た登山者たちは、暗いうちから山に登ったそうです。
さらに前の時代、夜明け前から山に入っていた人たち。
こんな姿を、極めて自然に眺めたことでしょう。
柄杓の星の信仰は、極めて自然に発生したことでしょう。
登録:
投稿 (Atom)



