2015年5月26日火曜日

あの時、自分は若かった


滝を望むところに石積があったことは気が付きませんでした。
何も知らなかったから無茶をしていたようでした。
骨折してから無理もきかないので慎重になりました。

2015年5月10日日曜日

立ち上がれ石仏

浄土三部妙典塔が起こされました。ありがとうございます。
寝転んでいた天保時代の石造物が起きたのです。
文字も随分霞んでしまい、時には踏みつけられていたのでした。
大抵は気が付かないので仕方がなかったのです。
何年も前から言い続けていたのですが、一人ではどうにもなりませんでした。
起こしたよとの連絡を頂いたのでここまで来てました。
山頂には寄らず、ここで引き返しました。
八十八体供養塔も起こされ、空胎上人のお墓も正面を向けて頂きました。
信仰心のない私なのですが、どうにも落ち着きがよくないのです。
三十番神は伝えてありません。あれは埋まったままで良いと思っています。
いつかもう少し三つ峠に関心を持つ方が現れたときに掘り起こしてあげようではありませんか。

このところ私ごとでは落ち込み気味が続いています。
そのうち解消されていくことでしょう。
とにかく良いことは良いのです。
毎年伺っていました大幡のオオカミの護符の祭は参加できませんでした。

2015年4月14日火曜日

見つけました

何度となく歩いているはずなのに、見過ごしていました。
それとも知っていたのに忘れてしまったのでしょうか。
岩なのですが、どうも手が加えられているようなのです。
岩の中央に縦に走る点線。
空胎上人とお弟子さんたちの頃なのでしょうか。
不二石の手前にあります。
ご覧あれ。

見つかりました

3月28日に歩いていたら見つかりました。
紛失したその日に逆戻りしたときには見つからなかったのに。
拾ってしばらくすると動いているものに出会いました。
じっとこちらを見てくれていました。

2015年3月22日日曜日

三つ峠山中にて紛失してしまった尺八 

緑の布袋に入れておいたのです。
三つ峠山中のどこかで落としてしまいました。
一応ルートを逆戻りしたのですが、
見つかりませんでした。
奉納したと思い諦めるべきでしょうか。

2013年8月13日火曜日

御巣鷹、開運、木無は三つ峠か?

武田久吉氏の『冬の三ツ峠山』を読みなおした。
大正時代の三ツ峠が丁寧に書かれている。

古くから意識されてきた場所は屏風岩であったのだ。
河口方面からは毛無山の屏風岩。
大幡方面からは御巣鷹山の屏風岩。
暮地方面からは三峯山の屏風岩。
それぞれの里からの見方は異なる。
しかし、どれも三ツ峠のことなのである。
このことをいつのまにか、『総称』と呼ぶようになった。
やっと、謎がとけた。
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2013年6月20日木曜日

復活を期待していない

期待しているわけではありません。
それは、それで眺めているだけでよいと想うのです。
期待しているわけではないのです。
そういうことがあったのだと思えたことが良いのです。

そっとしておいた方が良いのかもしれません。

違う方向へと進んでしまって。
知らない方が良かったのでは。
歩いたところが自然と道となる。
いたるところに動物の歩いた道がある。
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