2008年1月30日水曜日

三つ峠は阿弥陀三尊

三つ峠とは、どんなふうに考えられていた山なのか?

三つ峠は、阿弥陀三尊の姿なのである。
手前にあるのが『金峰山』。
金峰とは『仏の出現する黄金の浄土』を意味するらしい。
撮影している場所には、浅間神社。
ここには、空胎上人の水修行の場がある。
この位置関係が重要な鍵なのだ!

三つ峠の尾根に夕日が沈んでいく。
太陽が沈んだあとも岩場を照らす日差し。
西方浄土。
三つ峠そのものが、『阿弥陀三尊』であるのだ。
南無阿弥陀仏。
三つ峠の山中の石に刻まれる名号。

これが三つ峠の信仰であったのである。
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2008年1月28日月曜日

三つ峠は登る山なのか?

三つ峠の山頂まで登ることがなくなりました。
三つ峠を眺める機会が多くなりました。
何度も、何度もだるま石まで往復しています。

ここで、ふとした疑問が湧いてきました。
『三つ峠は登る山であったのだろうか?』

かつて、信仰が厚かったころ、
三つ峠は、富士山を拝むために登ってはいない。
三つ峠そのものを拝んでいたはずだ。
それは、その形状からくるものであったのではないか。
みっつに突出した形。
そして、その形はこの方角からでしか眺めることができない。
だからこそ、ここから三つ峠を目指したに違いない。
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2008年1月27日日曜日

だるま石まで



いつものようにだるま石まで散歩。
先日降った雪がところどころ凍っている。
なんとかだるま石まで到達。 やっと登山者の方に出会う。
さっさと退散。 5回もスッテンコロリン、スットントン。
いつものようにとは行かないだるま石までの散歩であった。

三つ峠と富士山

三つ峠からの富士山。
ここにも、山頂からの富士山が紹介されている。

実は、ここをしばらく登ると富士山が見えるのである。
かつて三つ峠を目指す者たちは、
富士山も眺めていたのである。

今では、木立の間からわずかに見えている。
このことに気付いている者は誰もいない。

もっと富士山を見ようと木に登ったのだが、
かえって見えなくなってしまった。
普通にここを通りすぎて行く。
木立の中に、確かに富士山が見えるのである。






確かに見えています、富士山。 ここから見えることは、誰も知らない。
だるま石までの間で富士山の見える場所は、ここだけなんです。
200年前の人々は、ここからはっきりと富士山を眺めていたはずです。
あの絵図に記された富士山。

2008年1月24日木曜日

三つ峠も雪

三つ峠も雪。
里も雪。
雪が降りました。
青空、山が美しい。

朝の通勤途中。
三つ峠を眺めてみました。

あの形があるから三つ峠。
100年前も、200年前も、 
もっと、もっと前から
人々は三つ峠に何かを感じ
三つ峠を眺めてきたはずだ。

あの山には何かがある。
何かを感じる山なのだ。
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2008年1月19日土曜日

三つ峠の滝


凍っています。
下暮地からよく見えます。
午前中ですと、太陽の光を反射し
ひときわ目立ちます。

三つ峠の滝、凍っています。

駅を降りる。役場を通り過ぎ
ガードを抜ける。
既に、滝は見えています。
白く、白く輝く滝。
三つ峠の滝、凍っています。
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2008年1月18日金曜日

金鳥居から三つ峠


冷えます。ちょっと用事で富士吉田の金鳥居まで。
ちらちらと雪が舞いました。午後の三つ峠です。