2007年6月16日土曜日

いつから、『みツとうげ』?

この土地に住む人に聞くと、ほんの少し前まで『みとうげ』。
では、いつから『みとうげ』?
『秋葉原』は、本当は『あきら』。
では、 いつのまにか『あきハばら』。

駅の名前は、以前は違う名前でした。 小沼駅。
駅名を変えたときに、そうなったのでしょうか?

まだ、調べてありません。

いったい、いつから、『みとうげ』?

『みっつ』のピークの『みづとうげ』




『三峠』には、三つのピークがあります。
西峠、中峠、東峠となっています。
これは、『木無山』、『開運山』、『御巣鷹山』ではありません。
それを書いてあるのは地名辞典だけなのです。
そして、その云われ、由来となるものが無いのです。
ですから、古文書の中に出てきません。

三つのピークで『三峠』なのです。
由来のわからない『開運山』、古文書や絵図にありません。

天保時代のものといわれる『甲斐神鈴峯之図』にも、
三つのピークが描かれています。

そもそも、『木無山、開運山、御巣鷹山』を、
三つのピークとして眺めることができるのでしょうか?

『甲斐神鈴峯之図』では、東峠のところに、『水雲山』と書かれています。

御巣鷹山の尾根に『水雲山三峠大権現』の祠があります。
三峠信仰の社。 南北方向に配置され、北極星、北斗七星を意識しています。
この社があるところが『水雲山』ではなく、『三峠』が『水雲山』なのです。

三峠から流れ出す『柄杓流川』とも関係があるはずです。

2007年6月12日火曜日

『烏帽子岩』といいます。


三峠山中にある奇岩を紹介します。
これは、『えぼし(烏帽子)岩』といいます。
確かに烏帽子に似ています。
でも、ぱっくり口を開けた人魚人のようにも見えます。
山頂へ続く登山道にはありません。

2007年6月11日月曜日

三峠は『水峠』、そして『柄杓流』(北斗七星)の山


水峠』という絵図が存在することを知りませんでした。
みづとうげ』と呼ばれていたことは知っていました。
たいていの場合、『三峠』と書かれています。
『甲州道中分間延絵図』に『水峠』と書かれているのですね。
いよいよ三峠(みづとうげ)が、
西峠中峠東峠水雲山)の三峯に秀でているだけでなく
水の湧き出る山でもあるために呼ばれていた『水峠』。
伝説の『柄杓流川』の由来は、
いよいよ、『北斗七星』にあることに確信を持ち始めました。
三峠は、『柄杓流』の山。

2007年6月9日土曜日

伊能大図みる三峠



伊能大図にみる三峠。『三峠』から東の尾根を下っていく。
湯ノ沢の入り口付近にある山が、『森沢山』。
現在、森沢山には高圧線の鉄塔がある。
登山地図の中に『大久保山』と書かれているものがある。
実際の大久保山の位置は、森沢山のすぐ奥の山。
伊能大図に、それが記入されていると思ったのだが無かった。
三峠には、『つ』の文字は記入されていなかった。
『山』の文字も記入されていない。 『三峠』。

2007年6月6日水曜日

『水雲山』は三峠


三峠の江戸時代の絵図があります。

絵図には、『水雲山』の名称があります。

そうです、『水雲山』とは三峠のことなのです。

御巣鷹山の尾根にある『水雲山三峠大権現』の社。

ここは、三峠をお参りするところ。

『水雲山』とは、『三峠(みづとうげ)』のことだったのです。

『六字名号塔』の謎


ダルマ石のあるところに六字名号塔(南無阿弥陀仏)が建っています。
ダルマ石のほうは、登山道尾根を向いているのに名号塔は、別の方角をむいていす。
名号塔は、南北方向を向いているのです。 われわれがこれを拝む方向は北。
やはり、北極星を意識しています。 
 三峠から流れ出る『柄杓流川』は、やっぱり『北斗七星』を意識して命名されたに
違いありません。